移動による地方創生と活性化

移動による地方創生と活性化

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菅谷 俊雄
CSO
株式会社スマートドライブ
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谷本 敦彦
コーポレート本部副本部長
ダイハツ工業株式会社
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高橋 啓介
パートナー
株式会社ローランド・ベルガー

地方には「ある」のだけど、いくつか決定的に「ない」ものがある。
地方から未来は変わるし、地方から変えるべきだ。
地方には多くのアセットが眠っている。
―移動によって地方のポテンシャルを引き出すために、ローランドベルガーの高橋様とダイハツの谷本様はどのようなことに取り組まれているのでしょうか?

地方が持っている課題と各々の取り組み

谷本:私は福祉業界や地域の皆さんと一緒に福祉の質を上げる、移動を活性化するための取り組みをしています。
少し遡りますが、2015年、法人のお客様に対し、今後も車を使っていただきたいという想いから部隊を編成しました。ビジネスで使っているお客様をブドウの「房」で捉えた時に、ブドウの「粒」をしっかり見ていくべきだと思い、今一番見えなくて、今後大きく伸びるであろう「福祉」「介護」の領域で何かできないかと思ったためです。

まずは、お客様の声を聞くことから始め、そこから地域にある車の販売店すべてを横並びにして、一企業のようにまとまろうと構想を練りました。所属している会社は違えど、福祉エリアでは協力して動くという仕組みを作りたかったのです。

どのように車を利用しているのか、何に困っているのか、それによって今後どうなるのか、どうすべきか。現場の人の声を聞かなければ前に進むことはできませんので、全国の各々所属が違う会社がバーチャルで一体になりながら、一つずつ現場を回りました。現在、2万6千施設を回りましたが、福祉介護のデイサービスは7万施設ほどありますから、4年目でやっと全国の3分の1を達成したことになります。

私たちも自動車メーカーですので、初めは車を売ることを中心に考えていました。しかし福祉現場で働く方、経営者、利用者、それぞれの不満や言い分を聞くうちに考えが180度変わりました。経営者はコストを抑え、売り上げを増やしたいし、車を使うリスクも減らしたい。施設の職員は、ドライバー不足に悩んでいる。また、経営目線では大きな車を使った方が有利ですが、ドライバーからすると、大きい車を運転するのは不安、狭い道路に入れないといった不満の声があがります。そして利用者にとっては、大きい車でバスのようにのんびり回ってこられたら、施設まで片道1時間もかかるから疲れる。足が悪いのに家の前まで来てくれないといった声もありました。一番困るのは、時間の約束がなく、「大体○時頃に来る」と言われること。まだまだありますが、何よりもまず、これらを解決すべきではないかと強く思いました。

小さい車を使って車の数を増やす。言葉にするのは簡単ですが現実的には難しい。経営者として運行計画管理をできるスタッフやドライバーの確保をしなくてはなりません。実現すれば、介護職員は介護に専念でき、利用者は時間通りに来てもらえる、送迎時間も短くなる。しかし今のままの状態では解決できないということで、「らくぴた送迎」というアプリを開発しました。アプリの開発で留意したのが、車と紐付けないこと。一口に車と言っても、10年〜15年使っている車もあれば、ブランドも違いますし、どの車でも使えないと意味がありませんから。スマホと車両を同期化することで、一番大変な送迎前の計画を立てられる。送迎中も急に来て欲しいとか急にキャンセルするなどありますが、送迎後にはそういった情報を集め、できる限り車を減らす、効率的に回る、送迎時間を減らすことを目標にしました。

昨年からサービスを開始しましが、ポジティブな意見を多くいただいております。お客様から一番反響があったのが「時間を守ってもらえるようになった」こと。到着予測時間が使うたびに学習され、それによって待ち時間が減るからです。そして、今まで1時間かかっていた送迎が、40分、30分と短縮できるようになりました。事業者視点では、無駄な配車がなくなり、必要な車の台数が明確になった。5台のうち1台が減ると、20%のコスト削減になりますし、ドライバーも必要数だけで良い。人手不足の解消にもなるので、導入企業が増えています。

しかし、ここまでやってきて、実は個々の事業者が業務の効率化を図るだけでは解決できない部分が見えてきました。単純に一台、一人と減らしても運営の大変さは変わらないのです。介護保険は収入の問題があり、今後も収益が大きく増えないことがわかっていますので、なるべくコストを抑制していかなければなりません。東京のような都会は別として、地方では1〜2社が廃業すると福祉サービスに穴が空く地域が出てしまいますので、行政も困るわけです。

私たちは「福祉」から入っていきましたが、徐々に利用者が生活を限られた範囲内に留めていることに気づきます。私たちは1施設1施設の効率化をお手伝いしてきましたが、それだけでは足りなかったのです。そこで、地域で共同送迎ができないかを考えました。
つまり、競争領域と協調領域という考え方で賛同してもらえるところを増やそうと。福祉サービスを運営する施設に対して、「福祉は競争領域ですが、利用者の送迎は協調領域にしませんか」と提案しました。1施設1施設で5台が4台になれば20%の削減ですが、地域全体で見ればもっと母数を増やすことができます。行政も巻き込んで、今での福祉の時と同じように地域の事業所を回りながら提案活動を続けています。具体的な地域をあげると香川県三豊市です。

福祉事業者にとっては上下分離の形で、協調領域の送迎によって本業に専念いただける。利用者にとっては、共同送迎が行われることでさらに移動時間の短縮が期待できます。事業者はコスト、アセットを一切増やすことなくサービスが拡充できますし、利用者は福祉サービスに行ったあと、スーパーへ買い物に行くなどして人と人が出会う場が増え、それによって健康寿命を伸ばすことができます。福祉サービスで健康になるというだけでなく、人と触れ合うことで心の健康が期待できるのです。

行政視点では、従来のコストの中でメニューが増えますし、少子高齢化でも福祉サービスを安定して提供できるということで、人が住みたい地域を作っていくことができるのではないでしょうか。私は実際に地方へ訪れますが、朝夕、道路を走っている車の多くが福祉車両です。ここで徹底的に粒を見て、使って、余裕を生み出すことを繰り返せば、相当数の地方の車をカバーできるんじゃないかと思っています。とにかく、地域のアセットを全て使い切るために、このような取り組みをしています。

高橋:ローランド・ベルガー初の社内ベンチャー・カンパニー「みんなでうごこう!」を2018年10月に発足しました。その背景には、大きく2つの理由があります。  1つ目は、移動するモノや人が増えることで、経済が活性化するという仮説を立てていることです。たとえば、日本の人口は減少していますが、アマゾンをはじめとする宅配事業が伸び、GDP(国内総生産)の向上に寄与しています。さらに20~30年の長期の視点で世界各国の1人当たりGDPと移動量を比べると、相関しているのです。

もちろん、GDPが上がることにより、移動量も増えるという考え方もできます。しかしある研究では、健康状態は良いが無趣味で家にこもっている高齢者と、腰痛などの不調を訴えつつも、囲碁や俳句、友達との交流など日々出かけていく高齢者とでは、後者のほうがより幸福度が高いことがわかりました。外に出かけて、新しい人、モノ、場所と出会い、刺激が増えれば、脳も身体も活性化します。また、お金を使う機会が増え、経済活動も活発になります。私たちは、移動総量を上げるという目的を掲げて、社会を活性化し、日本を元気にしたいと考えています。
もう1つの理由は、弊社が取り組んでいる「和ノベーション」のコンセプトを自ら実践していくことです。コンサルティングの仕事には、プロフェッショナルとしてアドバイスはできても、その先の実行部分にまで踏み込めない歯がゆさがあります。目的を立てるだけでなく、私たち自身が事業をつくり、人を雇用し、商品やサービスを開発し、世の中に売り出し、和ノベーションというアプローチの有効性を実証していきたいと思ったのです。

先ほど、谷本さんから「地域のアセットを使い切りたい」というお話がありました。CASE、MaaSは、今話題のテーマ。高齢者を支えるためには早く自動運転が実用化してほしいと思いますが、まだ先の話ですし、10年20年も待っているわけにはいきません。であれば、それまでの間は各地域にあるアセットを上手く活用すべきではないでしょうか。今ある技術や発想を、カードゲームのように組み合わせていこうと考えました。実際にカードを用意して地域や企業でワークショップを開催し、どうすれば移動を増やせるかを地方の皆さまと共に考えるのです。地方にお住いの方たちは移動を増やしたい、地域を活性化したいと強く思っています。しかし、手段ときっかけが分からない。ですので、カードゲームという形で体系化していくことで、明日から明後日から、こんなに簡単に始められるんだということを実感いただきながら、一緒に街を作っている最中です。

その一例に、今年10月より市が緊急用に用意している遊休車両を活用し、石川県小松市で「らくバスやたの」というバスを走らせています。このバスは一日に二回しか走りません。ただの移動手段にせず、バスの中で人と出会える楽しみ、バスに乗ってもらえる楽しみ、普段行けない場所に行ける楽しみができるよう、施策を盛り込みました。移動自体の提供は価値が小さいのですが、交流・経験や自分の時間が持てることを価値にすると、今は無料でもお金を払ってもらいやすくなりますし、乗車する人も増える。地方のバスは乗車率が30%程度だと良いと言われていますが、実際には50〜60%と結構高い乗車率を計測しています。高齢者が多いから車内で昭和歌謡曲を流そう、3回乗ると街の温泉施設が無料にしよう、週に一回はミステリーツアーを敢行しようなど、工夫を凝らして走らせています。

最近の高齢者は、自分で運転するのが怖い、家族に運転をお願いすると気を遣って自分の時間を持てないと、いう悩みを抱えています。このバスは、ゆっくりと巡回しますし、各停留所の停車時間も1時間と長めですので、その間にスーパーや洋服店でゆっくり自分の時間を過ごしておられる姿をよく見かけます。車より不便なことは沢山あるでしょうが、このバスの方が良いと思っていただけていますので、人とのつながりやコミュニケーションの大事さを実感しながら運用しています。

もう一つの取り組みが、モビリティの開発です。東京モーターショーに出展し、やテレビ東京のWBS(ワールド・ビジネスサテライト)などでもご紹介いただきましたが、小さな移動を大事にしようとの思いで「ミニマムモビリティ」を開発しました。日々の移動を考えたとき、小さな移動って本当に多いですし大事なんです。高齢者が自分で運転できなくなると、車の代わりにシニアカーや車椅子を使うようですが、今まで車を運転していた人が突然そういう乗り物に変わるとあまりにも窮屈です。バスの事例と同様、「自分の時間が持てること」「自分で動けること」は本当に大事で、それを実現するためにこのモビリティを開発しました。時速10kmなので歩くより早く、走るより遅い、程よい速度で走行できますし、この速度なら踏み間違えがあっても大事故にはつながりにくい。2人が乗車できるように設計していますので、人と会話しながら移動することもできます。

ポイントは、今ある技術を賢く活用すること。遠隔運転、時速10km走行など、現存する技術を使いながら、できるだけ安価で提供したい。こういった形でモビリティも作りながら、小さな移動を生み出したり、小さな移動がしやすかったりする社会を作っていきたいと思っています。

地方にあるもの・足りないもの

菅谷:改めまして、「地方にあるもの」と「足りないもの」は何でしょうか? 

高橋:「地方に足りないもの」って、実はないんじゃないかなあ。私は普段から東京で仕事をしていますが、本当は地方に住みたいんです。「地方にあるもの」は、「程よく顔が見える」とか「帰るところがある」とか、ホッとできる場所であること。そういうつながりの部分を上手く活用すれば、移動が足りないからと自動運転で補うのではなく、みんなで助け合うことができる。そこには出会いも生まれるから、もっと地方が活性化していくはず。逆に「足りないもの」は…そうしたつながりが徐々に減りつつあることかもしれません。

谷本:「地方にないもの」という観点からビジネスを考えようとするんですが、逆に「地方にはある」という考え方をした方がアイデアは次々と結びついていくんですよね。ただ、いくつかピースが足りないこともありますので、そのせいでしぼんでしまうこともしばしば。

素晴らしい風景や行事などがあっても、宿泊所がなかったり、交通手段がなかったりして、あきらめられてしまうんです。地方に住む人は、地元の魅力に気づいていない。そういうことが非常に多いので、それをきちんとメニューにして届けていかなくてはなりません。ですので、モビリティで「足りないもの」をどうカバーすべきかを考えています。

地方は「見ず知らずの人が少ない」のも魅力。だから地方に住みたいと思うのですが、地方に行くに従って、スーパーが無くなり、映画館がなくなり、不便なことも増える。モビリティでここのギャップを埋めることができれば、地方の方が良いと思われるかもしれない。地方には「ある」のだけど、いくつか決定的に「ない」ものがあるので、そこを柔軟に提供できると、圧倒的に地方が有利になると思います。

菅谷:お二人の話を聞いていると、地方には多くの資産が眠っており、移動によってそこをつないでいく。つなぐことによって、また新たな価値が生まれていく、という風にお聞きしているのですけども、どのようにすれば移動をもっと生み出すことができるのでしょうか?

高橋:ベースとして「移動しやすくなる」こと。ただ、そこにだけ目を向けてしまうと、ネットやコンビニでいいかなと思われてしまうから、結局は「移動したくなる目的」が重要なのです。

先ほどバスの事例をご紹介しましたけども、家から1.5kmほどのしまむらに行ったことないおばあちゃんがいて、いざ行ってみたら「ここいいじゃない」って。これって新しい発見であり新しい刺激ですよね。また、バスの中ではコミュニティが生まれて、会話したことなかった人と会話すると、「それじゃあ今度お家に遊びにいくわ」ってつながり始める。結局、目的や刺激があると、人は活き活きしてくるから、移動したくなるんです。もちろん移動手段の整備は必須ですが。

谷本:移動はそれ自体が目的ではありませんしね。人と人とが出会う。何か新しい体験をする。そんな幸せが身近にある世の中にしていきたいので、そのための手段を考えると同時に、人としての幸せを追求するメニューをどのように増やしていくかも考えていきたい。福祉施設に行った帰りはスーパーに立ち寄るようにするとか。ダイヤが同じなるよう運行管理をして、同時刻にスーパーの入り口に着くようにすれば、そこに人が集まり、スーパーで買い物をするという経済効果も期待できるでしょう。出会いの場を生むことで必ず化学反応は起きますから。

そのためには地方に眠るアセットを使い切って、みんなで共有することです。手段があれば移動したいと思うから、施設以外の場所へ寄り道することも、外のベンチで会話して自宅に帰ることもできる。そういったことの繰り返しが、移動総量を増やすことにつながるのです。

移動から何が生まれるのか

菅谷: 最後の質問は、「移動を作り出すと何につながるのか」です。今までのお話をまとめますと、物理的な移動だけでなく、人同士のつながりやコミュニティが生まれることで経済が動き出すということですが…。

谷本:今後ますます人口が減り、高齢化が進んでいきますが、それでも地方の経済を大きくすることはできます。人と人が会い、刺激されて、何かできる環境を作ると、経済を大きくできる。地域には隠れたイベントや隠れた素晴らしい風景が数多くありますので、まずはそこに住んでおられる方が認識して思い切り楽しむことです。
それを催事としてカレンダーに記載し、街の外に置いておけば、外からも人が引き込まれてきます。外の人が中に入ってきますと、負の方向へ向かっているものを正に変えることができますので、地域経済は必ず再生できるのです。

高橋:地方都市の飲み屋街って少し廃れている印象がありますが、移動がしやすくなると、いろんなところから人が来てくれますよね。だから、移動の活性化は地方の商売や個人の活動を充実させること。一人ひとりが輝くことによって、地域の経済が豊かになり、みんなが幸せになると信じていますし、移動は心身ともに健康な状態を作ります。健康になると医療費の削減にもつながりますし、良い循環が生まれていくのです。

菅谷:イベントや催事はその地方ならではものがありますが、移動と絡めてどのように活性化を図るべきか、谷本さんにお話いただきたいと思います。

谷本:地方にお住いの方でも、地元の情報や魅力をすべては知らなかったりするんですよね。そこをまずは私たちが把握し、次に移動する仕組みを考える。街へ行けばたくさんの車が走っていますから、組み合わせ次第で解決ができるはずなんです。そういった意味で、ローカルから未来は変わるし、ローカルから未来を考えるべきではないかと思うのです。半径2km以内の場所に新鮮さを感じるようになると、そこに住まう方の気持ちも変わってきます。程よいバランス感であるものの組み合わせをどう作っていくか、そして、その流れを誰がプロデュースしていくかではないでしょうか。

 

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