国内メーカーが競い合う自動運転技術の現状
日本の道路交通法では、ドライバーが手放しでクルマを運転することは違法となっているため、今の段階では「自動運転」より「運転支援」を目的とした開発が進んでいます。
現内閣総理大臣である安倍晋三首相が、2020年の東京オリンピック開催までに自動運転の実用化を成功させたいと表明したため、これを受けて国内の大手自動車メーカーが市販化に向けて積極的になってきている状況です。ここでは運転支援技術を実現させた3社を取り上げて、国内における自動運転技術の進化と傾向をご紹介します。
1. スバル(富士重工業)
日本の自動車大手メーカーで、自動運転技術を最初に実用化したのはスバル(富士重工業)です。2008年に発売した「アイサイト」のシステムは、内蔵されたステレオカメラにより人の目のように前方の対象を認識し、距離や形状、移動速度なども正確に把握することを可能にしました。
こちらのステレオカメラの性能は、他社にはない高い認識性を実現しており、まさにスバルが誇る最先端の技術として業界でも注目を集めています。また、車外にレーダーなどを搭載しないため、低コストであることも魅力の一つ。アイサイトを搭載することにより、1万台当たりの人身事故発生件数が非搭載のクルマと比べて61%、追突事故に限れば84%減るとのことです。
2. 日産自動車
日産は2015年に、高速道路だけでなく一般道の自動運転を可能にした試作車を発表しました。走行中は他の車両や障害物を避け、信号を認識しての発進と停止を行い、更には交差点での左折も自動で行うなどの優秀な技術力を業界にアピール。右折はまだ自動で判断するには至りませんが、既に必要十分なハードウェアが揃っているため、後は制御機能を調整するだけで一般道の走行が可能とのことです。
日産は東京でオリンピックが開催される2020年までには、一般道での自動運転を実用化し、市販に移すと公言しています。ただし、日産が目指す自動運転の技術は、あくまでドライバーが主とした「運転をサポートする」機能であり、より安全でリラックスした運転を体感するためのシステムに留めるそうです。
そして日産といえば先日(8月24日)新型セレナの発表会を実施。新型セレナには同一車線自動運転技術・ProPILOT(プロパイロット)が搭載されるということで早くから話題になっていました。完全にシステムだけで動く自動運転車ではありませんが、「運転を支援する」機能を備えた車として、着実に前進しているのではないでしょうか。
新型セレナ、ProPILOTに関しては解説記事を別で用意しておりますので、そちらも合わせてご覧ください。
3. トヨタ自動車
自動運転技術に対して慎重な姿勢を見せていたトヨタ自動車。自社が開発した「高度運転支援システム」においても、あくまでドライバーが主役という考えを貫いていたため、自動運転の技術開発には二の足を踏んでいました。ところが、トヨタ自動車は2015年の10月に態度を一変し、首都高速道路用の自動運転技術「ハイウェイ・チームメイト」を報道陣に発表します。
首都高でのデモ走行では設定した目的地へ向けて、料金所の先で本線への合流、分岐点による行き先の判断なども含め、ドライバーが操作することなくすべてシステムが自動で行いました。試乗したドライバーも、すべての行程を可能にしたその技術に対して驚きを隠し切れなかったそうです。
トヨタは東京でオリンピックが開催される2020年までに、こちらの技術を市販化したいと考えており、自動運転技術は国際的な一大イベントとして今後も注目を集めるでしょう。
また、トヨタも日産と同様に、自動運転技術は「無人運転」を可能にするものではなく、あくまで人間をサポートするまでに留めています。自動運転技術は人間の負担を軽減し、安全性を高める役割を果たすものだと考えているようです。
テスラモーターズの自動車事故について
テスラ社の自動運転技術は、フォワードビューカメラ、レーダー、360度超音波センサーなどを駆使して、リアルタイムの交通情報と組み合わせることにより、道路状況を選ばず快適な運転を可能にしています。
一方で、車線変更の判断は人間が行わなければならず、後続車を把握するレーダーが搭載していないことも含め、安全確認は直接ドライバーが行う必要があるようです。すべてが自動とはなりませんが、テスラ社の自動運転技術は最も実用化に近いシステムとして、業界でも注目を集めています。しかし今年の5月7日、テスラモーターズの「モデルS」が、運転支援システムである「オートパイロット」作動中に大事故を引き起こすというニュースがありました。
高速道路を横切ろうとした大型トレーラーに衝突し、モデルSに搭乗していたドライバーが死亡したため、自動運転技術による初の死亡事故として不名誉な記録が残りました。テスラ社の説明では、「トレーラーの側面が白で統一されていたため、システムが明るい空と見分けることができなかった」としており、結果としてブレーキが作動せずに事故に至ったそうです。
つまり、強い日差しが白い車体に反射したため風景と溶け込んでしまい、システムが「前方に何も存在しない」と判断したのです。
またモデルSは、前方の車両との距離を計測するレーダーも搭載しているため、こちらも作動しなかった原因を追究する必要があります。現段階の調査内容から、オートパイロットのシステムは、「車両の側面を認識できない」という弱点を予測する声も。自動運転技術で初の死亡事故のため、テスラ社のエンジニアは今後のシステム開発に対し、更に改善を強めなくてはならないでしょう。
テスラの事故については以下の記事でも詳しく取り上げられています。
■テスラの死亡事故は「太陽のせい」か?
Googleと自動運転技術の関係
photo by Marc van der Chijs
米Googleでは150万マイル(約240万km)の公道走行試験を行うなど、自動運転技術のソフトウェア開発に積極的に取り組んでいます。
Goolgeが開発するソフトウェアが他社より優れている部分は、一般道まで含めた走行アルゴリズムと、AI(人工知能)におけるディープラーニング(深層学習)です。ディープラーニングはAIの根幹となっている技術の一つで、自動運転技術に限れば、交差点、信号、道路標識などを素早く認識して、最適な状況判断を学習することができます。
AIは人間と異なり、学習スピードが圧倒的に早いため、データを蓄積すればより完成した状況判断を行うことが可能に。こうした開発はまさにGoogleの得意とするところで、画像認識や顔認識機能においても、優れた技術力が世に知れ渡っています。
また、Googleは「Google Maps」などのソフトウェア開発にも着手しており、地図検索機能はネット上でもトップクラスのシェアを獲得。こうした利点が自動運転技術を可能にさせるため、ソフトウェア開発に関しては、大手自動車メーカーもGoogleに依存せざるを得ない状況になっています。近年のアメリカでは、自動運転技術で世界のトップに立ちたいという思想を強めているため、今後も驚きの性能を持つクルマが、私たちの目の前に現れるかもしれません。
最大の利益を上げるのはソフトウェア開発部門
自動運転技術はソフトウェアの開発がメインとなります。今後における国内自動車メーカーの課題は、プログラマーなどソフトウェア開発に関わる人材の確保です。現在の自動車メーカーを支えているのは機械工学系の技術者であり、IT部門での経験者が少ないことがネックとなっています。
トヨタ自動車はAI研究の新会社であるTRI(TOYOTA RESEARCH INSTITUTE)を立ち上げ、ITエンジニアの確保に乗り出しました。日本のみならず、スタンフォード大学やマサチューセッツ工科大学などからも優秀な人材を集めているため、今後もITエンジニアの採用は激化しそうです。
大手自動車メーカーのライバルがGoogleになる時代へ
現在のところ、大手自動車メーカーはGoogleに対してそれほど脅威を感じていないとのことです。長年培われた技術力と実績があるため、ソフトウェア開発会社にどこまでやれるのか様子見の状態なのかもしれません。
確かに膨大な実験データや解析力で、自動車メーカーが有利であることは明白ですが、それほど楽観視できない状況であることは間違いありません。もし、GoogleやAppleなどの優秀な企業が、自動車開発の下請けである部品メーカーと契約を交わし、「組み立てる」ノウハウを身に付ければ、数年で4人乗り自動車のプロトタイプ(試作車)を発表することが可能となります。
こうしたプロトタイプが数台でも世に発表されれば、他のソフトウェア会社はこぞって自動車開発に取り組むことだって考えられます。歴史の観点から考えても、アメリカは起業精神が高いため、自社で自動車開発を行おうとする企業が爆発的に増えたとしても不思議ではありません。
Googleは2014年に、ステアリングやペダルを排除した2人乗りの「Google Self-Driving Car」をすでに公開しており、日産やトヨタは「運転支援」を目的としているのに対し、Googleはすでに「無人運転」を視野に入れてソフトウェア開発はもちろん、自動車の開発にまで着手していることが伺えます。この遅れがどこまで影響するかは予測できませんが、ソフトウェア開発の人材不足が叫ばれる日本にとって、今後の開発環境の強化が課題となるのではないでしょうか。
まとめ
数年後には自動車業界の勢力図を塗り替えるほどの影響力を持つ自動運転技術。自動車の事故を防ぐ技術として重宝するだけでなく、今後の物流効率にも多大な影響を与えるかもしれません。
一方で、「自動車は走る歓びを体感するもの」という思想が、各自動車メーカーに根付いていることも否めないため、これらのバランスを考慮しながら、人々の生活がより良くなる方向に技術が進化すれば私たちにとってもなくてはならないものとなるのではないでしょうか。
参考文献:
『週刊エコノミスト2016年6月28日号〔特集〕もう乗れるぞ!自動運転・EV』
『人工知能は人間を超えるか ディープラーニングの先にあるもの』[松尾 豊 (著)]
『グーグルの自動運転車と一時的競争優位』[ジョセフ・ガブリエラ (著), 杉本 有造 (著)]