脱炭素社会とは
脱炭素社会とは、地球温暖化の原因・二酸化炭素排出量が実質ゼロになる社会のことを指します。以前は、二酸化炭素排出量を可能な限り少なく抑える、低炭素社会の実現が目標とされていましたが、それでは地球温暖化に歯止めがかからないと言われ「脱」炭素社会に。
日本では2020年10月、菅義偉首相が所信表明演説において「2050年までに、温室効果ガスの排出を全体としてゼロにする、『2050年カーボンニュートラル』の実現を目指す」と宣言し注目を集めました。もちろん、脱炭素社会の実現は日本だけではなく全世界共通のテーマであり、2015年に採択されたパリ協定では、先進国・途上国を合わせ190ヶ国以上の国々が参加するなど、国際的にも実現が目指されています。
二酸化炭素排出ゼロでなくとも「差し引きゼロ」ならOK?
勘違いしている方も多いようですが、脱炭素社会を実現する=世の中にある全ての二酸化炭素排出をゼロにするということではありません。これを実現することは化石燃料を膨大に消費している先進国はもちろん、農業国や発展途上国であっても絶対的に無理です。
脱炭素社会は、大量生産・大量消費で成り立ってきた世界全体の経済を見直し、水力や太陽光などの効率的な活用で二酸化炭素排出を削減しつつ、否応なく排出された分をエネルギーとして再利用する合わせ技によって、初めて実現可能となります。ただ、排出された二酸化炭素をエネルギーとして再利用するには、高度な技術と大掛かりな施設、つまり膨大な資金投資と時間が必要なため、まずは排出量の削減から取り組んでいこうと各国は試みているのです。
国の事情によって異なる脱炭素社会実現への課題
前述したとおり脱炭素社会の実現には、まず二酸化炭素を無尽蔵に排出している現状を打破することが重要です。しかし、使用エネルギーの多くを化石燃料に頼っている場合、そんなことをすれば即座に経済活動がストップします。とくに資源が乏しく、工業生産物の輸出によって経済が成り立っている日本の場合はそれが顕著で、地球温暖化が問題視され始めてからも思うように二酸化炭素削減政策が進まず、温暖化の元凶として批判を浴びることも多々ありました。
しかし、二酸化炭素の排出や削減量に差こそあれ、産業革命以降の世界は地球温暖化の原因を作っており、それぞれ抱える課題は異なるものの地球上で生活を続けるからには、脱炭素社会の実現に尽力しなければなりません。つまり、農業国や発展途上国は今後の指針として、工業国や先進国はさらなる人類の発展に寄与するため、自国の事情に合わせた脱炭素社会の実現を前提として、地球環境の未来を考えるべき時代がやってきているのです。
脱炭素社会で実現できること
ここからは実際に脱炭素社会が実現した場合、一体どのような未来がやってくるのか、その意義について考えてみましょう。
地球上でこれからも生きていく権利
脱炭素社会実現に向けてのハードルは非常に高く、それを超えるには膨大な労力と時間、それに知恵が必要です。しかし、だからと言って蒸気機関の発明がもたらした文明を劇的に進歩させるような、大きな見返りを期待できるわけではありません。エネルギー効率や採算性だけを考えれば、むしろ脱炭素社会実現に向けての取り組みは文明の逆行とも言える地道な作業の繰り返しになりかねず、先進諸国が掲げた目標をなかなか達成できないのも、そこに大きな原因があると考えられます。
植物の光合成によって、人間らが大量に排出した二酸化炭素を減らそうと考える「緑化事業」にしても、ごみの再利用によって貴重な地球の資源を節約する「リサイクル事業」にしてもそうですが、仕組みやビジネスのみならず、一人ひとりの心がけや協力が必要です。人類の英知・文明と地道な活動の積み重ねにより初めて、今後100年・200年と生物が地球上で生活する権利を得られる―それが脱炭素社会における最大の恩恵だと言えるでしょう。
エネルギー改革による新ビジネスの創出と利便性向上
未来のために環境破壊に歯止めをかける。それこそが脱炭素社会実現に向けた最大の「お題目とも言えますが、日々の生活において化石燃料に依存して生活を送っている私たちは、なかなか簡単には脱炭素へと踏み出せません。人類はこれまでに採算性や利便性を追求しながら発展を遂げてきたため、脱酸素社会実現に向けての取り組みが新しいビジネスを生み出さなければ、多くの資金・労力・時間を投じることは難しいと言えるでしょう。
また、環境崩壊につながるとわかっていても、火力発電や内燃機関に依存した生活をストップさせることは難しく、いくら意識してもゴミの減量やリサイクル活動には限界があります。新ビジネスの創出や利便性向上が期待できるとすれば、それはエネルギー改革の分野です。再生可能エネルギーインフラの整備や規制緩和、特にこの後触れるモビリティの変革が、脱炭素社会実現の起爆剤となるのではないでしょうか。
脱炭素社会とモビリティ
ここまでの解説で、脱炭素社会実現のカギはモビリティ産業が握っていると述べましたが、日本をはじめ先進諸国はどのような方針を打ち出しているのでしょうか。政府や業界の動向を整理してみましょう。
EV・再生可能エネルギー車の開発&素材の見直し
先進諸国でも、脱炭素社会を実現するには既存モビリティ社会の大きな変革が必要だと考えているようで、正式発表ではありませんが日本においても、「2030年前半にガソリン車販売禁止」という自動車業界を揺るがす衝撃的ニュースが報じられました。
これが真実であれどうであれ、モビリティ産業における世界の潮流が脱酸素社会に向け、自動車のEV化に関する規制強化を加速させていくことに間違いはなく、太陽光・水素電池車など、再生可能エネルギー車の開発にも積極的です。また、走行に使用する燃料だけではなく、車体を構成する素材を二酸化炭素排出増加につながる鉄系材料から、アルミやFRP(繊維強化プラスチック)を始めとする樹脂素材への転換が進んでいます。
トヨタ紡織の「高耐衝撃軽量発砲ドアトリム」などがその一例で、世界トップレベルの優れた耐衝撃性能を持つプラスチックを活用した技術で、高い衝撃性能を維持したまま従来比で約20%の軽量化を実現しているのだとか。このように、各自動車メーカーは環境への配慮や低燃費性能へのニーズの急速な高まりを受け、EV・再生可能エネルギー車のみならず、内外装に使用する素材の1つに至るまで、脱炭素社会を実現するための技術開発競争を繰り広げています。
ガソリン車が消滅する時代は来るのか
脱炭素社会実現に向けたガソリン車の撤廃の流れはもはや世界的トレンドになりつつあり、長年排気ガスによる大気汚染問題に悩まされてきた、ヨーロッパ最大の自動車大国・ドイツの動きは特に顕著です。政府が打ち出した、「2030年までに化石燃料を燃やす新車の販売を禁止する法案」へ敏感に反応し、VW・ベンツ・BMWいずれもがEVを本格的に導入すると発表、またアメリカ・中国の自動車メーカーも、EV増産に積極的です。
やや立ち遅れている間はありますが日本もEV開発、特に肝であるバッテリーの分野では米・テスラに次ぐ進捗状況を見せていますし、省燃費に対する国民意識も諸外国と比較し決して低くありません。しかし、EVの肝と述べたバッテリーの寿命と航続可能距離が現在より飛躍的に向上し、併せて1台当たりの購入コストがガソリン車並みに下がらない限り、EVがガソリン車にとってかわるのは難しいかもしれません。
少なくとも、2030年時点では世の中から全てのガソリン車が消滅することはないと考えられますが、全固体電池[高枝1] の開発・搭載など、バッテリー技術の革命的進歩と販売コストの低下が実現すれば、それが現実になる日もやってくるかもしれません。
脱炭素社会は本当に実現できるのか
果たして、人類の歩みを逆行するかのような脱炭素社会は、本当に実現できるのでしょうか。
地球上に動物が存在するうちは不可能?
極端な話になりますが、おおよそ地球の陸上動物のほとんどは、酸素を吸って二酸化炭素を吐く呼吸によって生命を維持していますし、牛やヤギなど反芻動物のげっぷやおならに含まれるメタンガスには、二酸化炭素の約50倍もの温室効果があると言われています。地球上には約15億頭の牛がいますが、農場経営者にメタンガス排出の削減を義務づける法案が登場したり、牛たちの減ガス化を目指し飼料の見直しや遺伝学の研究が進んだりするなど、げっぷ・おなら対策も重要な脱炭素社会実現へのキーワードになっています。
とはいえ、呼吸も畜産も人々が生きていくために欠かすことはできないものです。つまり地球上に動物が存在する以上、脱炭素社会を早急に実現するのは非常にハードルが高いことなのです。
日本の脱炭素社会化は難しい?
これはあくまで工業的な数値ですが、日本は2018年現在で年間約11億4000万トンの二酸化炭素を排出しており、国民1人当たりに換算すると英国の1,6倍の水準に達しているとのこと。これ日本の方が英国より、製造業が占める割合が多いことも関係しますが、最大の要因は日本の場合は電力の大部分を石炭による火力発電に頼っているためで、加えてトラックやバスなどモビリティによる、陸上輸送インフラの充実も排出量増加の一因になっています。
また、核家族や高齢化の進行により、1世帯当たりの所有自家用車台数が多いことや、防寒・断熱構造など、省エネ対策が立ち遅れ暖房に要するエネルギー効率が悪いことなどが原因で、1家庭当たりの二酸化炭素排出量も高水準です。つまり、日本が脱炭素社会を実現するためには、政府の対策や自治体の施策、企業努力だけではなく、並行して個人や家庭レベルでの意識改革や啓もう活動が欠かせないと言えるでしょう。
まとめ
脱炭素社会の実現には、一部でガソリン車からEVへの完全移行を始めとする、モビリティの大転換も必要不可欠ですが、私たちの生活を支えるあらゆる産業を維持していくうえで、二酸化炭素の排出を完全になくすことは不可能です。各企業が進めている技術革新や政府による規制強化はもとより、個人レベルでの省エネ意識高揚や環境保護精神の育成など、小さな行動の積み重ねも脱炭素社会実現には欠かせないのです。