【対談:前編】 大手総合商社・住友商事が挑む「MaaS 領域の可能性」

【対談:前編】 大手総合商社・住友商事が挑む「MaaS 領域の可能性」

みなさんは、最近新聞やニュースで見かけるようになった「MaaS(マース)」という言葉をご存知でしょうか。「MaaS」とはMobility as a Serviceの略で、情報通信技術を活用して交通をクラウド化し、公共交通や運営主体に関係なく移動手段を最適化することをいいます。ライドシェアや自動運転、AI、オープンデータなどを掛け合わせ、あらゆる交通手段をひとつのサービスとして捉えることで、利用者はより快適でシームレスな移動が可能になります。今までとは違う次世代のサービスの台頭は、利用者とサービス提供者のどちらもが自動車業界の転換期に立っていることを示すものかもしれません。

第2回目の対談シリーズでは、MaaS 領域に積極的に取り組まれている、住友商事株式会社の執行役員で自動車モビリティ事業本部長の加藤真一様をゲストとしてお出迎え。前編では、住友商事がMaaSに取り組む理由からスタートアップ企業とのシナジーについてお話しいただきました。

住友商事がMaaS領域に積極的に取り組む理由

北川:「加藤さんは住友商事に入社されてから現在に至るまで、一貫して車に関する事業に携わってこられたそうですね。」

加藤:「そうですね、住友商事に入社して今年で32年になりますが、そのうち29年間は自動車関係の仕事をしてきました。当初は完成車を中南米で輸出する仕事を担当していて、その延長線上で同地域での自動車工場の買収や販売代理店の設立、部品メーカー同士の技術提携の支援を担当していました。その後、マツダの北米子会社に出向して全米のマーケティングを担当、帰国後は自動車専門のコンサルティングファーム「住商アビーム自動車総合研究所」の立ち上げ、本社で経営企画、マツダ社のメキシコ工場の立ち上げ、ニューヨークオフィスに移って南北アメリカ大陸の自動車・建機・鉄道・船舶・航空機事業のトップをしておりました。」

北川:「なるほど。近年の自動車業界ではMaaSを筆頭に新たなトレンドが次々と出てきていますが、約30年もの間、車関係に携わってきた加藤さんから見て、ここが大きく変わりつつある、または変わるだろうと感じていることはなんでしょうか。」

加藤:「そもそも、商社の役割とは何かを考えた時に、漢字四文字で例えるとすれば殖産興業ではないかと思っています。言い換えると、経済成長を表すS字カーブ(企業の投資と成長の関係性を表したもの)の中でちょうどカーブが曲がっている部分が私たちのお仕事、つまり企業や産業が生まれるところをお手伝いしています。その部分がさらに曲がり角に来て新たに変化したり、使命を終えて消えていったり、その部分を担うのが商社の仕事です。

住友商事の事業精神の中に『弛張興廃(しちょうこうはい)』と言う言葉がありますが、これも同じ意味合いです。事業や産業は、弛ませる時もあれば張るべき時もある。それに興す時もあれば廃れる時もある。S字で順調な部分はメーカーさんや専業の会社が得意なのでお任せした方がいいのですが、変わり目の部分については私たちが強みとするところですのでカバーすべきだと考えています。

MaaSというのは、自動車業界の憲法を改正しようという革命運動です。クルマは買って運転するものじゃなく必要な時に誰かに乗せてもらうものだよと。この革命によって前のインダストリーが終わろうとする節目の部分に差し掛かっているのかもしれません。社内では殖産興業という言葉を噛み砕き、『つくる・変える・やめる』ことが私たちの仕事であるという意識を持つように伝えていますが、MaaS はこの3つのどの部分にも関連しますので、私たちも本業として支えていきたいと思っています。」

MaaS にはプラットフォーム&トランスフォーメーションで取り組む

北川:「そういう意味でいうと、弊社(スマートドライブ)のようなスタートアップ企業のアプローチと、御社のようにアセットを持って事業を推進して来た企業のアプローチは、若干ではありますが、似て非なる部分があるのではないでしょうか。では、実際に住友商事が行っているMaaS 領域での取り組みをお伺いできますか?」

加藤:「前述した商社の役割にも関連することですが、私たちができることは新しいことを始めようとする社会に元気を与えたり、リソースを提供したりすることです。私たちは古くて伝統的で、尚且つアセットを持っていて、これを別の表現で言うと、ここまで築き上げてきた確固たるビジネスのプラットフォームを持っているということになります。

そのため、スタートアップ企業がPoC(Proof of Concept:概念実証を意味し、試作作成後、効果や効用を検証する工程のこと)の場を求めている時に、私たちはn数(サンプル数)がたくさんあって、ダイバーシティな実験場を提供することができます。その実験場を提供しつつ、スタートアップ企業からはスピード感や危機感、テクノロジーなど、私たちが弱いと感じている部分に力を与えていただきたいのです。

私たちはこれをプラットフォーム&トランスフォーメーションと呼んでいますが、プラットフォームを変えていくことは私たち自身の戦略であり、変えていくための力を与えていただくのがパートナーさんであると考えています。スタートアップ企業が持っているテクノロジーやパッションはトランスフォーメーションのドライビング・フォースになりますので、私どもの成長のためにも力をお借りしたいですし、そのためにも場をうまく活用いただきたいですね。」

スタートアップ企業と大手企業のシナジー はどう生まれるか

北川:「スタートアップ企業への投資だけでなく、御社のスタッフを出向いただくなど投資後のバリューアップも積極的にされていらっしゃいますが、スタートアップ企業と大手企業とのシナジーをどう見られていますか?」

加藤:「スタートアップ企業はアイデアやスピード感など、良いものをたくさん持ってらっしゃいますが、飛躍するためのきっかけがなかったり、誰かがリソースを割いたりリスクを取ったりしなくてはならなかったりします。日本国内だと必ずしもエンジェルがいるわけではありませんし、その役割を担うのが商社ではないかと思っているんです。力になれることがあればサポートしたいですし、何かのきっかけにしていただくこと、それが私たちのミッションでもあると考えます。それから私たちのプラットフォームを変えてもらう力を貸していただき、そのあとの三番目にシナジーが生まれればいいのかなと。

スマートドライブさんには住友三井オートサービス(SMAS)というプラットフォームを変えるためのサポートをしていただいていますが、まったく新しい保険へのアイデアはスマートドライブ社がいなければ出てこなかったものです。是非とも実現させたいですね。
その他の例を挙げると駐車場シェアサービスを展開しているakippaさんへの投資、業務提携があります。私たちの定義ではモビリティサービスというのはクルマが動いている時にだけお金をいただき停まっている時にはお金をいただかないサービスのことですが、昨日まで動いていても停まっていてもお金をいただいていたオートリース会社が今日からモビリティサービスに移行しようとすると、自動車の稼働率は平均4%だと言われますから96%の収入を失うことになり、ビジネスモデル転換をためらいがちです。一方、駐車場はクルマが停まっている時にだけお金をいただき動いている時にはお金をいただかないビジネスですから、両者を組み合わせると収入喪失に対する不安が解消します。その結果、住友商事が保有するプラットフォーム事業の転換に対する抵抗が減り、駐車場と組み合わせた新たな価値創出が進む。そういう意味では補い合える関係であり、シナジーを生んでいると言えるかもしれません。」

北川:「スマートドライブが提供しているサービスは基礎的なデータを集めることで、保険やシェアリング、物流など幅広く活用いただくことができる技術です。そうした点でも住友商事のアセットと掛け合わせの相性は良いですし、今後さらに幅広いサービスを生み出せると考えています。」

後編に続く