移動の概念が180度変わる –MaaSが秘める移動の可能性とは?

移動の概念が180度変わる –MaaSが秘める移動の可能性とは?

MaaSとはMobility as a Serviceを略した言葉で、そのまま直訳すると「サービスとしての移動」という意味になります。ただし、「as」という単語には類似性を示す意味合いも含むため、「人やモノの移動=サービス」と捉える概念こそが、真の意味でのMaaSです。

今回は、世の中にあふれるあらゆるモビリティ(移動手段)を、1つのサービスへと進化させる新概念「MaaS」について解説します。広がりを見せる国内外のサービス、そしてMaaSの普及にあたって直面する課題とは―?

MaaSとは何か?従来交通システムとの違い

2015年にITS世界会議で設立された「MaaS Alliance」によると、MaaSは車やバイクをはじめ、バス・鉄道・航空機・フェリーなどの乗り物を単なる移動手段としてではなく、ユーザーニーズに応じ連動して利用できる「1つのサービスへの統合」と定義されています。

MaaSの市場規模と進行レベル

インドに本社を構える、ワイズガイ・リサーチ・コンサルタント社の発表によると、2017年時点で約2兆7,000億円だった世界のMaaS市場が、2025年には約25兆円まで拡大するとされています。この数値で考えると、計算上では毎年130%増という驚異的なスピードでMaaSが成長することになります。ただ、ここでは一括りにMaaSと言っていますが、それぞれのサービスは次のようにレベル0~レベル4の5段階に分けて考えられています。その中で、現在のサービスはまだMaaSレベル0という立ち位置です。

レベル説明該当するサービス
レベル0統合なし、つまり移動媒体がそれぞれ独自にサービス提供している、現在の交通システムのことタクシー、バス、電車、カーシェア、Uber
レベル1料金・ダイヤ・所要時間・予約状況などといった、移動に関する一定の情報が統合、アプリやWEBサイトなどによって利用者へ提供されている段階のことNAVITIME、Google、乗換案内
レベル2目的地までに利用する交通機関を、スマホアプリなどによって一括比較でき、予約・発券・決済をワンストップで可能になる段階滴滴出行(Didi、中国版のUber)、Smile einhuach mobil
レベル3事業者の連携が進み、どの交通機関を選択しても目的地までの料金が統一されたり、定額乗り放題サービスができたりするプラットフォームなどが、整備される段階Whim、UbiGO
レベル4事業者レベルを超え、地方自治体や国が都市計画・政策へMaaSの概念を組み込み、連動・協調して推進する最終段階

MaaSはヒトの移動をこんなに変える

従来の交通システムは、それぞれに対応している決済手段が異なります。たとえば、車やバイクでの長距離移動をする際には高速道路で料金を、電車やバス、その他の公共交通機関(民間含め)では所定の支払い方法で運賃を支払っています。それをMaaSによって各交通機関を「1つのサービス」に統合することができれば、決済方法や予約が統一され、人やモノの交通手段や支払い方法をシームレスに、そして効率化することができるのです。つまりどういうこと?という方に向けて、より具体的に説明しましょう。

たとえば、急な出張が入り、自家用車で最寄り駅へ向かい、新幹線で県外へ向かい現地で業務を行う場合。最寄り駅までは自家用車で向かい、現地では駅前レンタカーを借ります。そのまま、高速道路で移動し、移動した先で業務を完了しました。その日は夜遅くまでの作業だったので、そのままホテルで一泊し、翌日同ルートで帰宅。この流れだったら今までは、

  • 最寄り駅に停めた自家用車の「駐車場代」
  • 新幹線の「往復乗車料金」
  • 現地で手配した「レンタカー料金」
  • 業務中の「高速道路料金」

と移動サービスごとに個別で予約を入れて手配し、料金を支払ってきました。しかし、今後MaaSがレベル2の段階までスムーズに実施されれば、一つのインターフェイスで、ワンストップで移動手段の予約や決済ができるようになるのです。さらに、レベル3・4へステップアップすれば、移動に関わる費用のみならず、ホテル宿泊料までが定額決済できるようになるかもしれません。

若者の車離れやシルバー世代の免許返納などによって移動に対する考え方は変わりつつあり、シェアサイクル+公共交通機関を組み合わせたり、レンタカーやシェアリングの利用が増加したりするなど、「モビリティ=自家用車の所有」という時代がフェイドアウトしつつあります。

簡単にいうと、自転車や車を使いたいときだけ使う、シェアリングエコノミーの中核に位置し、より最適化した移動手段を提供するのがMaaSです。この概念が国内でも一般化されていけば、出発・移動時間や利用者の位置情報を簡単に把握・分析することが可能になり、よりタイムリーな予約・配車サービスにつなげることができるでしょう。

そして、将来的には交通機関のチケット代や高速料金など、他交通サービスとカーシェアリングとをパッケージングして一括決済・定額利用ができるようにモビリティーの利便性を高め、都市部における交通渋滞の緩和・排気ガス規制などの環境問題・地方を中心とした交通弱者対策といった課題解決への寄与も期待されています。

MaaS先進国・フィンランドにおける運用事例

世界に先駆け、交通渋滞や排ガス問題解決のためにMaaSを導入したのは、北欧フィンランドの首都ヘルシンキ。その仕掛け人は同地で立ち上げられた「MaaS Global社」というスタートアップ企業でした。同社が開発したMaaSプラットフォーム「Whim」は、簡単に説明するとモバイルペイメントとルートサーチアプリを組み合わせたようなサービスです。現在地から行きたい場所を選んで経路を検索し、利用後は料金がクレジット決済されるという仕組みになっています。

Whimユーザーの交通利用状況はサービス開始前、次のような数値でした。

  • 公共交通機関・・・48%
  • 自家用車・・・40%
  • 自転車・・・9%

これが2016年のサービス開始後、公共交通機関が約26%、タクシー利用が5%増加したのに対し、自家用車は半分の20%にまで減少したと言います。ここまでの説明だけだと、「すでに似たようなアプリがリリースされているんじゃないの?」と思われるかもしれません。そうしたサービスとWhimとの大きな違いは、利用できるモビリティーの範囲が公共交通機関に留まらず、“とにかくあらゆる交通手段”が含まれているということです。

whim

Whimでは、検索入力した目的地まで電車・バスなどの公共交通機関はもちろん、タクシー・レンタカー・シティバイクなど、あらゆる移動手段を組み合わせた最適ルートと料金が、グーグル・マップ上に表示されます。ユーザーは、その中から移動ルートを選んで料金ボタンをタップ、そしてクレジットカード情報を入れれば(事前登録も可能です)決済は完了です。電車を利用する場合は、車内を巡回している車掌にMaaSアプリ内で表示されたQRコードを見せるだけ。

料金体系もある程度決まっており、下表で示す3プランが用意されています。そのため、経路検索と決済の利便性だけを求めるなら「WhimToGo」、公共交通機関をよく利用するなら「WhimUrban」、数多くの移動手段を乗り継いでいるユーザーは「WhimUnlimited」といった具合に、ユーザーが個々のニーズに併せて自由に選ぶことができるのです。

プラン名月額料金公共交通機関タクシー(※1)レンタカーシティーバイク
WhimToGo無料利用分決済利用分決済利用分決済対象外
WhimUrban49ユーロ乗り放題(※2)10ユーロ/回49ユーロ/日乗り放題/30分
WhimUnlimited499ユーロ乗り放題(※2)乗り放題乗り放題乗り放題

※1・・・指定区域外への移動は別料金
※2・・・5km超の移動は別料金

最上級プランのWhimUnlimitedは、各交通機関の「定期券」がバンドルされているうえ、レンタカーもタクシーも乗り放題。普段は車に乗らない、または所有していなくても、天気のいい休日にはレンタカーを借りて郊外へドライブをしたい!という希望を叶えることができます。

すべての移動手段が含まれて約62,000円弱(2018年3月26日時点でのレート)という月額利用料金は、車の維持費を考えると決して高すぎる水準と言えません。「Whimさえあれば自家用車がなくても生活が不便にならない」。ヘルシンキではそんな時代がすでに始まっているのです。

気になる中国と米国の現状

フィンランドに続き、MaaSへの取り組みが進んでいるのが中国です。同国のライドシェア大手企業・Didiは、2018年6月、広州省新セン市蛇口エリアで自動運転バスを走行させると発表し、同年7月から試験運用が始まっています。この自動運転バスはオンデマンド化されており、利用ユーザーが手持ちのデバイスから発信した位置情報から最寄りのバス停を知らせ、近隣のバスを向かわせるというシステムです。

また同時に、MaaSプラットフォーム構築も順調に進めており、中国IT大手Baiduが2017年4月に打ち出した、自動運転のエコシステム構築計画「アポロ計画」には、フォード・ダイムラー・コンチネンタル・インテルなどといった、そうそうたる企業が参画しました。さらに最近では、国内外・業種問わず100を超える企業が参加し、2021年までに一般道・高速道路双方での「完全自立運転」実現を目指しています。

また、米国はライドシェアで世界一のシェアを誇るウーバー、MaaSプラットフォームの中核を担うGoogleとアップル、さらに自動運転技術開発において一歩先を行くテスラなど、フィンランドに勝るともいえるMaaS先進国です。

しかし、自動車部品メーカーのAptiveや半導体メーカーのNVIIAと提携して自動運転実験を実施するなど、米国におけるMaaSをけん引してきたウーバーでしたが、2018年4月実験中発生した死亡事故により、一時実験中止命令が出されました。(現在は再開しています)また、ウーバーが起こした死亡事故のわずか数日後、テスラ社の「モデルX」で自動運転モード使用中だったドライバーが車ごと中央分離帯に衝突・炎上し、死亡する事故が起きました。自動運転に関しては、実用化までの道のりはまだまだ先と言えるでしょう。

また、米国はモビリティーに関する法律やルールが州によって異なるのが大きなネックになっています。関連する先行企業が多いためMaaSプラットフォームの開発は進んでいるものの、決済方法などを統一するハードルは他国より高いと言えるかもしれません。

日本はどこまでMaaSが進んでいるのか

日本国内でもっともポピュラーかつ普及されているのがカーシェアリング分野。すでカーステーションは全国展開し、公共交通機関の整った都心部では車を保有しないライフスタイルが定着しています。また、SuicaやPasmoなど、一部の対象外を除けば全国でキャッシュレス決済可能なJR系ICカードも普及し、スマホ上で予約・決済ができるタクシー配車アプリも続々とリリースされています。

いずれもMaaSの概念から言えばレベル0、もしくはレベル1の段階ですが、国内企業も世界的なMaaS拡大・進化の流れを黙ってみているわけではありません。現在、国内におけるMaaS分野で先行しているのは鉄道業界です。その代表格として挙げられるのが、JR東日本が決済サービス企業と連携し、サービス実現に向けて2兆円もの巨額投資を予定している、「モビリティ・リンケージ・プラットフォーム」です。

このプラットフォームは、すべてのサービスにおける検索・手配・決済を、suicaでシームレスに行えるようにするというもの。たとえば、自宅から徒歩・タクシー・カーシェアを経て、JR在来線や新幹線を利用し、ホテルにチェックインをするとしても、先ほども述べたように、すべてがひとつのプラットフォームで完結することができるのです。

将来的には個人間送金や各金融サービスにおける出・入金、デジタルチケット決済やホテルルームキーの認証など、suicaの利用機会を大幅に拡大するシステム構築も目指しているので、実現すれば、本家Whimをしのぐ利便性が期待できるでしょう。

そのほか、タイムズ24やdocomoバイクシェアなどがシームレスに連携してひとつのサービスとして提供する「小田急MaaS」、トヨタとソフトバンクがタッグを組んで始めた「Autono-MaaS」など、他企業も続々とMaaS事業への取り組みをスタートさせています。時間帯や利用目的など、ユーザーがその日の予定や状況によって利用する車両を自由に変える。移動の効率化と自由化は、未来の移動のカタチとも言えるしょう。

可能性と課題…MaaSは本当に日本で普及するのか

ヘルシンキのように、日本でもMaaSのレベルが上がり、サービスが拡大していけば、都市部を中心に自動車から他のモビリティーへと移動手段が分散していくことになります。そうすれば、交通渋滞や環境問題の解決にもつながりますし、全体の交通量が減少すれば必然的に交通事故発生率も低下します。

また、地方の交通機関では、深刻な人材不足や利用者数の激減による利益減少から廃線・廃業するバスや鉄道も増加しているため、国土交通省や総務省も生産性の向上を図れる「日本版MaaS」の実現と普及に向けて積極的な動きを見せています。プラットフォームを構築するには、データを収集して解析し、ユーザーのニーズに素早く答えられる仕組みが必要になるため、国土交通省や総務省、交通機関だけでなく、IT企業や通信事業者も参画を示し、ますます本格的な普及が目前までやってきているようです。

本当のシームレス化に必要なものとは

ただし、公共交通機関と呼ばれつつも、官公庁だけではなく、私営バス・電車が入り乱れている日本国内では、各モビリティーが有する情報共有や決済方法の統一など、現時点ではシームレス化が簡単に行える状態だと言えません。また、MaaSの普及にはさまざまなアプリなどのツールが必要不可欠ですし、こうしたツールを若者でも高齢者でも、誰でもすぐに取り入れることができ、使いやすく理解しやすいシステムにする必要があります。

現状では、決済方法1つとってもクレジットカードや鉄道ICカード、「xxxペイ」などのアプリ、電子マネーなど多岐にわたるうえ、「これさえあればどこでも利用できる」といえる決済手段は残念ながら現金のみです。日本のキャッシュレス普及率は約20%と先進国の中でも圧倒的に低く、日用品購入費の約80%以上がキャッシュレス決済のフィンランド、約60%の中国、約46%の米国と比較すると、キャッシュレス化が大幅に遅れていると言わざるを得ません。

つまり、いかに優れたMaaSプラットフォームが誕生しても、決済方法に統一性がなければ宝の持ち腐れになりかねないのです。そうした問題を考慮し、国も2020年をめどにキャッシュレス化の普及率倍増を目指していますが、2019年に入った今でも大きな変化は見られていないようです。

まとめ

レベル3以上のMaaSが普及すれば、自動車を保有しなくても「自由に、手軽に、お得に」移動できる時代が到来します。しかし、誰でも使いやすいプラットフォームの構築と、キャッシュレスによる決済方法の統一がなされない限り、日本におけるMaaSはレベル2止まりで立ち往生し、不完全なサービスとして普及する可能性も考えられるでしょう。

そんな状況の中、今年の10月から実施が予定されている消費税引き上げに伴い、中小の商店でキャッシュレス決済を行った消費者を対象に、2~5%ポイント還元されることがほぼ確定しました。「バラまき」と指摘されることもあるこの政策ですが、消費や景気の冷え込み緩和だけが狙いではなく、主要国の中でも遅れているキャッシュレス化を促進することも目的の1つです。この対策が普及率を大幅に引き上げる起爆剤となり、MaaSをスムーズに普及するカギとなるのか — 今後の動向にもますます目が離せません。

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