クローズドイノベーションからオープンイノベーションへ
オープンイノベーションの逆で、研究開発から製品開発までを自社内で全て行うのがクローズドイノベーションです。日本国内では、1980年代から90年代にかけて、ソニーや松下電器などが数々のイノベーションを起こしてきたことを、誰もがご存知のことでしょう。当時は内製化により、効率的かつ自社独自の技術開発に取り組むことができていたのです。
しかしながら、90年代以降はその環境がガラリと変わり、クローズドな環境でのイノベーションが起きづらくなってしまいます。その理由は、大企業が自社の資源と技術に依存したため、スピーディに市場のニーズに即した製品開発が行えなくなったこと、そしてITの台頭です。90年代に入ると、インターネットの普及でテクノロジーが急成長を遂げ、グローバル化が急進したり、新興企業が出現したりするなど、市場の競争が激化。それに加え、人々のライフスタイル、価値観の多様化、そしてデータ通信速度やソフトウェアの急激な進化などでトレンドの移り変わりが速まり、市場が大きく変化しました。
このような時代の変化によって、一社のみでのクローズドイノベーションでは太刀打ちできなくなったため、破壊的なイノベーションを生み出すために、最先端の技術を持ち、柔軟かつスピード感のあるスタートアップとのオープンイノベーションが叫ばれるようになったのです。
オープンイノベーションという言葉は、2003年、当時ハーバード大学経営大学院の教員を務めていたヘンリー・チェスブロウ氏が発表した概念であり、次のように提唱しています。
オープンイノベーションとは、組織内部のイノベーションを促進するために、意図的かつ積極的に内部と外部の技術やアイデアなどの資源の流出入を活用し、その結果、組織内で創出したイノベーションを組織外に展開する市場機会を増やすことである。
社内外に限らず適切な人材と連携し、アイデアを有効活用し、ビジネスモデルを構築するためのオープンイノベーションですが、そこには大きな課題があるようです。
オープンイノベーション推進税の設立でさらに加速する?
そんな中、2020年の税制改正において、企業の事業革新につながるオープンイノベーションを促進する目的で、「オープンイノベーション促進税制」が設立されました。これは、2020年4月1日から2022年3月31日までに、国内の事業会社またはCVCが設立10年未満の未上場ベンチャー企業に対し新規発行株式を一定額以上取得する場合、25%の所得控除とされ、税負担が軽くなるというもの。
この制度の狙いは、賃上げに消極的な大企業のキャッシュアウトを促し、ポテンシャルを秘めたスタートアップ企業のイノベーションを加速させ、国内における経済発展の新陳代謝を向上させることです。経済産業省が発表した「オープンイノベーション白書(第二版)」によると、欧米企業のオープンイノベーション稼働率が78%であるのに対し、日本企業は47%(2018年時)。欧米企業と比べると、オープンイノベーションにおけるパートナーとしてスタートアップを選ぶ企業はまだまだ少ないようです。
事業における欠けたピースを補完し、社内リソースでは出ないアイデアや発想を注ぎ込んで形にするために、オープンイノベーションは欠かせません。そのため、オープンイノベーションを推進する特効薬となるように、このような制度が設立されました。
オープンイノベーションによってスタートアップがぶつかっている課題
オープンイノベーションには、大企業主導ではなく、技術的にもビジネス面でも、不確実性が高い領域にチャレンジする先進的なベンチャーやスタートアップと大企業が横並びになり、事業を立ち上げる環境が必要です。しかし、近年ではスタートアップと大企業とのオープンイノベーションが盛んになっているものの、2020年11月に公正取引委員会によって公表された「スタートアップの取引慣行による実態調査報告書」では、とある問題が浮き彫りになりました。
スタートアップは、イノベーション推進による日本経済の生産性向上に大きく貢献すると期待されていますが、大手・中小企業とオープンイノベーションに取り組む中で、不利益な内容を盛り込まれるケースが一部で見られ、報告されました。公正取引委員会が2020年11月に公表した「製造業者のノウハウ・知的財産権を対象とした優越的地位の濫用行為などに関する実態調査報告書」においては、独占禁止法上問題に該当しえる事例が確認され、スタートアップが置かれている取引の環境について懸念が示されています。
同報告書では、スタートアップ126者、出資者5者、有識者10者、事業者団体3者を対象にヒアリング及び書面調査を実施。
その回答では、スタートアップと連携事業者との取引・契約、スタートアップと出資者との取引・契約、スタートアップと競合他社との関係において、独占禁止法上の観点から問題となる恐れがある行為が確認され、スタートアップのおよそ17%が連携事業者または出資者から納得できない行為を受けたことがあると回答。このうち、売上高5,000万円以上で社内に法務担当者がいるスタートアップは約12%、売上高5,000万円以下で社内に法務担当者がいないスタートアップは約29%、行為を受け入れたのはおよそ8割であることがわかりました。
「出資者から納得できない行為を受けたことがある」理由としては、主に以下のようなものが回答に上がっています。
- 取引(当該取引のみならず、進行している他の取引や将来的な取引を含む)への影響を示唆されたわけではないが、今後の取引への影響があると自社で判断したためが・・約45%
- 取引先から、取引(当該取引のみならず、進行している他の取引や将来的な取引を含む)への影響を示唆され、受け入れざるを得なかったため・・約35%
- 取引先は、市場における有力企業であり、取引を行うことで、社会的な信用を得られるなど、総合的に勘案してメリットが大きかったため・・約29%
- すでに進行しているプロジェクトについての条件変更であり、事業を継続する観点から、取引を続けざるを得ない状況にあったため・・約18%
具体的には、ランセンスの無償影響や特許出願の制限といったライセンス契約に係るもの、PoCを実施しても報酬がないなど、PoC契約に係るもの、名ばかりの共同研究、顧客情報の提供、報酬の減額や支払い遅延など、多岐に渡ります。いずれも大企業の優越的地位の濫用によるものとして、不公正な取引が行われている可能性がわかりました。一部のこうした行為により、ビジネスのチャンスが阻害されるのは、あってはならないことです。
誰もが公平な立場で競争しあえる環境がなくては、スタートアップが持つ強みやイノベーションが実現できず、最終的には経済の活力を失うことになってしまいます。
スタートアップがオープンイノベーションで注意すべきこととは
変化の著しい昨今においては、このオープンイノベーションがますます重要性を増していますが、国内の経済を発展させ、よりよい社会を築いていくためにも、健全性を保ち、大企業とスタートアップがフェアな関係でオープンイノベーションを推進していかねばなりません。
中には、相手の要求を読み「プロジェクトを進めるために受け入れるしかなかった」「選択の余地なく条件を飲んだ」というケースもあるかもしれませんが、総合的なメリットはあっても、本来、不利益になるような要求を飲んでしまうと、その時点で条件を認めたことになってしまうため、互いが納得できる内容に落とし込むよう話し合うべきだと言えるでしょう。
この報告書を踏まえ、経済産業省と特許庁が、「オープンイノベーション促進のためのモデル契約書」を作成し、インターネット上で開示しています。大手企業とスタートアップ企業との間で公平な契約が行えるモデル契約書ですので、今後オープンイノベーションを実践する際にはフェアな環境を作れるよう有効活用してください。