自動車保険における「自動運転」とは
これまでの自動車保険における「交通事故」とは、ある意味単純なものだと言えるかもしれません。
加害者と被害者がいて、事故の当事者がそのどちらなのか、そして過失割合はどのような割合か。それさえ決まってしまえば、少なくともどの保険会社が誰を相手に何をすればいいのか、あるいはしなくてもいいのかが決まってきます。また保険そのものの契約についても、誰に対してどのような保険契約を売り込めばいいのか、それもわかりきった話でした。
ここ数年、自分の愛車を他の人間に貸し出すような「個人間のカーシェア」サービスが登場してきていますが、それでも仕組み自体はあまり変わりません。
本来酷使されないはずの車が、利用する人間と稼働時間の増加により酷使され、故障率が上昇すること。スキルのレベルが異なり、かつ日常的にその車を運転しないドライバーにハンドルを委ねる機会が増えることも相まって、ライドシェア向けの自動車保険の金額が「引き上げ」られる傾向はあります。
実際、シカゴに住むあるドライバーは個人保険が1,140ドルなのに対し、ライドシェアリング用保険に加入すると3,743ドルに増加する という例がtechcrunchの記事で紹介されています。
ただ、自動運転の登場はそうした「単純な契約」を根底から覆すことになります。特に大きな問題となりえるのが以下の2点です。
- 「自動運転車の自動車保険とは、誰を相手にした保険契約なのか」という問題。
- 「自動運転車が事故を起こした場合の当事者とは誰なのか」という問題。
誰と保険を契約すれば良いのか
保険会社から見た場合、自動車保険はその車の使用者、あるいは運行管理責任者と呼ぶべき人物や法人に対して保険をかけます。
それは個人であればドライバー、法人であれば社用車を運転する社員がいる限り、不変です。自動運転が実用化されたとしても、そのレベルによってはドライバーは責任を持ち続けるので、基本的には変わらないでしょう。
最近になって自動運転のレベルはSAE(Society of Automotive Engineers・航空機、自動車、商用車業界の関連技術の技術者および専門家が128,000人以上参加している世界規模の団体)による定義が国際標準となり、レベル0からレベル5まで定義されるようになりました。
そのうち、車の操作の全てを人間が行うレベル0から、基本的には自動運転でも人間による操作が行われる余地があるレベル4までは、ドライバーとして乗っている人間、あるいはその管理者に責任があると考えられるのではないでしょうか。
その段階でも、日本の東京海上日動による「被害者救済費用等補償特約」のように、自動運転を前提とした保険特約が既に存在します。
ただし、その内容は『被保険者に法律上の損害賠償責任がないことが認められた場合、被害者に生じた損害を被保険者が負担する』(同特約より)というもので、責任がないことをどうやって認めるのか、実際どう運用されるのか興味深いと言えるでしょう。
レベル4まででこの状態ですから、自動車の所有者や運行管理責任者が自動車の運行に全く関与しないレベル5となると、果たして保険会社は誰と契約するのか、という問題に直面します。
それはユーザー(車のオーナーや事業用車両の運行管理責任者)なのか、メーカーなのか。メーカーであれば自動車メーカーなのか、それともシステムを開発したメーカーなのか。
このあたりは非常に難しいポイントになってくるでしょう。
自動運転車が事故を起こした場合の当事者とは
2016年12月現在、自動車メーカーのボルボは『自車が自動運転モードで事故を起こした場合はVolvoが責任を持つ』(Techcrunch japanの記事『自動運転時代の自動車保険について専門家はこう考える』より)と明言していますが、これは貴重な例外と言われています。
この場合、少なくともボルボ車に関してはレベル4までの自動運転モードを使用していた際の事故、およびレベル5自動運転車の事故については、保険会社はボルボと交渉することになるでしょう。あるいは、自動運転システムが原因となる事故に対応するため、あらかじめボルボが保険会社と契約することも考えられます。
このようなケースについて、米国でオンラインの自動車保険関連サービスを手がけるSeth Birnbaum氏が興味深い発言をしています。
おそらく、保険は無過失保険の形式になるだろう、そこではどちらの側も過失を問われず、それぞれの車のオーナーの保険がそれぞれの車両をカバーすることになる。あるいは、保険は走行距離や使用形態に基づくプレミアムコストの乗った、光熱費のような基本コストになるかもしれない。
(Techcrunch Japan『自動運転車と共有モビリティが保険に与えるインパクト』より引用)
これまでの「被害者に対して弁済する」というルールにおける、被害者の定義が変わること。そして「光熱費のような基本コスト」という説明に関しては、例えばボルボ車であれば、ボルボ車を乗り続ける上での基本コストとして、保険料込みの自動運転システム使用料のようなものを支払うシステムの登場を予見しています。
まだボルボに追従するメーカーは登場していませんから、こうした考え方がスタンダードになるかはわかりません。しかし、自動車保険が将来どうあるべきか、という問いに対するひとつの考え方としては、非常に興味深いものです。
保険会社が危惧すべき「混在時期」
また先ほど紹介した記事の中では、保険比較サイト「Compare.com」の創業者でありCEOのAndrew Rose氏がこのように話しています。
「30年後には現在の自動車保険ビジネスの大部分は消滅しているだろう。自動運転車の事故率は次第に減り、保険会社が請求できる保険料もそれに応じて少なくなる。つまり自動車保険のビジネスは縮小する」
(Techcrunch japan『自動運転時代の自動車保険について専門家はこう考える』より)
加えて「そこまでは長い時間がかかるので、当面保険会社はリラックスしていても良い」とも述べています。
実際、Compare.comの親会社であるイギリスの損害保険会社Admiral Groupは、未だに自動運転の事故に関する保険請求を受けたことが無いそうです。それより心配なのは、自動運転が普及する間に通常の車と同じ道路上で混在することで、交通規制をひたすら守る自動運転車は「しばしばぶつけられることになるだろう」と述べています。
実際Googleの自動運転テスト車が公道でもらい事故を起こした時は、完全に青信号であることを安全と判断した自動運転車に対し、信号無視した車が横から突っ込んできました。このケースでは乗車していたドライバーが自動運転システムより先に気づき、交差点への侵入を止めるべくブレーキをかけてましたが、間に合わなかったようです。
「こうした事故は自動運転車が普及するまでしばらく続くだろう」というのがRose氏の見解のようですが、実際に自動運転車のセンサーの感知距離には限界がありますし、そのセンサーが故障や天候などの理由で正常に作動しないこともありえます。
また、自動運転車は高度なコネクテッドカーでもありますから、ハッキングの危険にもさらされており、そうしたセキュリティ面も含め、保険会社が「何に対して」「どのようなリスク」を「どこまで追うべきか」という課題もあります。
まとめ
前述のRose氏のコメントは、最後にこうまとめられています。
自動運転車が増えて、自動運転車が出会うのが他の自動運転車ばかりになれば問題はずっと簡単になるだろう
自動運転車同士で通信を行っていればそもそも双方が事故を防ぐため、2台の(あるいはそれ以上の)車ではなく、1つの交通システムとして必要な行動を取るようになる、そうすれば事故は起きにくくなるというわけです。
結果として保険会社が支払う保険額も少なくなり、事故率が減れば保険料も減るwin-winの関係になると言われていますが、当然自動車保険の必要性は薄れます。
そうなると、保険会社の中には将来的に経営が成り立たないところも出てくる可能性もありそうで、ありがたい話ばかりではないのかもしれません。
自動運転車が登場することで、自動車保険はどのように変わっていくのか。これからが楽しみですね。