※メイン画像は上海GM五菱汽車のサイトより引用
宏光MINI EVとは~なぜ、宏光MINI EVが注目されているのか~
宏光MINI EVとは、中国国内でトラックやバンを主力として製造・販売している「五菱(ウーリン)」と、同国3大自動車メーカーの一角である「上海汽車」、そしてGMの3社が共同出資で設立した合弁会社「上汽通用五菱汽車」が世に出した小型EVです。
ボディサイズは日本の軽自動車とほぼ同じで、最高速は105km/h。3グレードが用意されており、もっとも安価なベースグレードは電池容量9.3kWhで価格は2万8,800元(約45万円)という安さが最大の魅力です。中級グレードでも3万2,800元(約51万円)、13.9kWhの上級グレードでも3万8,800元(約60万円)ですから、三菱自動車がかつて販売した同じ小型EV「i-MiEV」の10.5kWhモデルが当時約200万円~と比較しても、いかに衝撃的価格であるかが分かります。
宏光MINI EVが世界的注目されている理由は、その驚異的なリーズナブルさだけではなく、中級グレード以上は冷暖房完備で、フル充電時の航続可能距離も9.6kWhグレードが120km、13.9kWhグレードが170km(いずれもNEDC基準)と十分実用的であることです。最高速を考えると高速道路を長距離走行するには不向きですし、でこぼこのオフロードをものともせず疾走という訳にはいきませんが、舗装道路が整備されている街中であれば、日常の足がわりとして十分だと言えるでしょう。
販売開始からわずか2か月後の2020年9月には2万150台も売れ、これは月間のEV販売台数でいうとテスラ・モデル3に次いで2位、今後はそれを上回る可能性があるとEVメディアのINSIDE EVsが報じています。
ちなみに、宏光MINI EVのデザインについては、車体がトヨタの初代ポルテのようで、グリルのデザインは初代EKワゴンにそっくり。オシャレで前衛的とは言い難いものの、万人受けするデザインですし、地方でガソリンスタンドが減っていることを考えると、家で充電可能なのは便利で大きなアドバンテージになると思われます。
日本では、宏光MINI EV並みの低価格EVを作れないのか
他に類を見ないほど低価格で実用的となれば、宏光MINI EVが中国で大ヒットするのも納得だと言えます。それでは、HVやEVの開発で先行しているはずの日本において、宏光MINI EV並みの低価格かつ高品質なEVを作ることはできないのでしょうか。
トヨタ自動車はじめ日本の自動車メーカーの実力から言えば、宏光MINI EV並み、いやそれ以上のクオリティを供えた低価格EVを送り出すことは、技術的に十分可能でしょう。しかし、2020年12月にトヨタが発売を開始した2人乗り超小型EVの「C+pod(シーポッド)」でも、フル充電時の航続可能距離(約150km)こそ同レベルですが、その法人向け販売価格は165万円からと高額なうえ、最高速は60km/hとイマイチ物足りません。
実は、日本の自動車メーカーは超低価格EVを「作れない」のではなく、日本市場ならではと言える3つの理由から二の足を踏んでいるにすぎないのです。
宏光MINI EVの日本円で約45万円~は本当に安い?
宏光MINI EVは、他社の市販EVを凌駕する低価格が売りで、しかも従来までの中国製品が持つ「安かろう悪かろう」のイメージを払しょくするクオリティの高さによって人気を博しましたが、「日本円で約45万円~は本当に安いのか」と問うと、やや疑問が残ります。
なぜなら、中国の人材派遣大手「中智人力資源管理諮詢公司」が2700社超を対象に実施した調査によると、2018年の同国大学新卒者初任給の平均は5044人民元(約8万1700円)で、日本の大学新卒者初任給はその約2,5倍に当たる平均21万1039円です。つまり、「約45万円」である宏光MINI EVの価格は大学新卒者の初任給約「5,5か月分」に相当、これをそのまま日本の大学新卒者に当てはめた場合、「約116万円」の車を購入するのと同じ計算になります。
さらに、中国は国土が日本より段違いに広いうえ、地域や学歴による賃金格差が非常に大きく、前述した北京・上海など大都市圏での平均大卒新卒者初任給に比べ、地方大学・高校出身者や地方就職者の平均初任給はガクンと落ちます。約45万円のEVが「超低価格だ」というのはあくまで日本市場を基準にした場合の話であり、大多数の中国人にとって宏光MINI EVはまだまだ高根の花。気軽に購入できる商品では決してありません。要するに中国国内で今、宏光MINI EVを「安い!使える!」と感じ購入しているユーザーは、生活にゆとりがある一部の富裕層であり、庶民の足として広く普及し始めているわけではないのです。
安価かつ高性能な軽ガソリン車が普及している
いかに日本と中国の市場に経済的差があるとはいえ、宏光MINI EVが価格的に強いアピール力を持っていることは確かですから、販売元がさらに生産ペースを上げ世界戦略車として投入すれば、日本車を大きく脅かす存在になり得ます。ただ、欧米各国やベトナム・タイなどの新興国はともかく、低価格かつ高性能な軽ガソリン車が全盛期を迎えている日本市場において、宏光MINI EVのようなコンパクトEVの「売れしろ」は、それほど多く残されていないと思われます。
たとえば、ダイハツ・ミライースの最廉価グレードは86万円、ガソリンで動くものの、その燃費性能はJC08基準で35.2 km/Lに達し、航続可能距離や乗り心地、装備・性能では宏光MINI EVよりかなり上です。そのうえ、日本の軽ガソリン車ニーズはハイトールやRV・スポーツからトラックに至るまで、生活スタイルや用途に合わせ多種多様であるため、移動だけに特化した宏光MINI EVのような車が大ヒットするとは限りません。
日本政府が言うように、ガソリン車の新車販売が本当に禁止されれば話は変わるものの、現時点で国内自動車メーカーが巨額の開発費を投じ、超低価格EVを本気で作る必要は現段階においては無いのかもしれません。
必需品になったとはいえ自動車はやはり…
3つ目の理由として、寡占状態が長く続いている自動車業界ならではと言えるかもしれませんし、正直ナンセンスであると筆者も感じていますが、必需品になったとはいえ自動車はやはり高額商品に変わりなく、購入ユーザーにはブランドを重視する意識が働きます。
そのため、筆者のように業界に長く属していた人間なら当然知っている、上汽通用五菱汽車販売の宏光MINI EVですが、一般ユーザーから見れば「中国の知らないメーカーが作った新しいEV」程度の認識しかありません。
食料品や日用品であれば、ディスカウントスーパーでまとめ買いをしたり、量販店が展開しているPB商品やノンブランド商品を利用したりすることもありますが、商品単価が上がるほど一般ユーザーは、「どこが製造・販売しているか」で購入を決める傾向にあります。ましてや、5年・10年と使い続ける自動車の場合、「トヨタ」「日産」「メルセデス・ベンツ」「VW」など世界的メーカーの信頼性やネームバリューは絶対的で、販売価格が高くとも一般ユーザーはブランド力を重視します。
そのため、宏光MINI EVがどんなにお買い得でも、中国では販売開始から20日間で1万5000台を販売し、さらに5万台のバックオーダーを抱えているというほど、日本国内で売れるとは言い切れないのです。つまり、今のところ日本の自動車メーカーは、宏光MINI EVが国内のEV戦線に重大な影響を与えるほどの存在だとは考えていない、故に膨大なコストをかけてまで対抗する超低価格EVを開発・販売できないのではなく、敢えてしないのではないでしょうか。
日本のEV市場は今後どこを目指すべきか
前項で述べた通り、いくつかの理由から現在は日本の自動車メーカーは宏光MINI EVに対抗するようなEVを開発・販売しないのではないかと結論付けましたが、自動車業界を取り巻く状況は日々目まぐるしく変化しています。
例えば、中国の国内経済が今以上に発展・充実し両国の収入水準が対等になってくれば、宏光MINI EVは今以上にそのお買い得感から売れに売れまくり、年産数万・数十万台ペースに乗る可能性も考えられるでしょう。年産ペースが増えれば販売価格も下がり、海外市場での競争力が向上、日本や欧米各国はともかくまだ自動車市場が飽和状態にないベトナムなどの新興国を中心に、中国製低価格EVの大ブームが巻き起こるかもしれません。
また、国内に目を向けると、現状ではまだ努力目標の域を出ないガソリン車の新車販売禁止ですが、世界的な環境保護の流れが強まって法規制された場合、「安価で高性能な軽ガソリン車」という日本市場特有の売れ筋カテゴリーが姿を消していきます。さらに、その頃にはメルセデス・ベンツやVWといった、国内自動車メーカーの名だたるライバルたちのEV戦線への参入も本格化しているでしょうから、そうなるとブランド力やネームバリューのみで勝ち残っていくのは困難になるでしょう。
以上のことから、以降日本の自動車メーカーは今回取り上げた宏光MINI EVのような低価格EVの販売・増産状況を注視しつつ、同時にメルセデスなど海外大手とのブランド力競争にも打ち勝つ必要があります。
アメリカメディア「EV Sales」の世界のプラグイン車(EVとPHEV)のメーカー別販売台数ランキング2020では、トヨタ・日産などの日本勢はベスト10にランクインしていません。これまでイマイチふるわなかった欧州勢が続々とトップ10入りするなど、EV市場へ本腰を入れ始めている今、国内や欧米市場だけではなく中国や韓国などEV先進国の消費者意識も配慮した商品開発が、今後は日本の自動車メーカーには必要なのでは無いでしょうか。