燃費を算出する新たな概念、「ウェルトゥホイール」というワードを耳にしたことがあるでしょうか。
これは、「1Lのガソリンで自動車が何km走行するのか」を突き詰め、各自動車メーカーが燃費性能技術を競い合った結果生まれてきた概念ですが、CO²削減を進める上で重要な指標になると近年注目されています。今回は、そもそもウェルトゥホイールとはどういった概念なのか、自動車業界へ与える影響とともに詳しく解説します。
ウェル トゥ ホイールとは~ニワトリが先か卵が先か~
ウェル トゥ ホイールとは自動車のエネルギー効率を示す指標であり、ウェル(油井・油田)で石油が採掘されてから、精製・運搬を経てホイール(車輪)の回転運動となるまで、どのような過程でエネルギー消費・転換され、CO²がどの程度排出されたかを表すものです。
現在、自動車業界では、地球温暖化を引き起こすCO²排出を抑えるべく、走行時CO²を排出しない「ゼロエミッション車」への転換を進め、その一環として電気自動車(EV)や燃料電池車(FCV)を普及させようとしています。しかし、たとえ世の中にあるすべての自動車がEVやFCVに転換されても、自動車に関連するCO²が完全に消滅するわけではありません。なぜなら、自動車が存在する時点で、CO²は確実に地球の大気中へ排出されてしまうからです。そんな中登場したのが、石油や天然ガスなどがエネルギーとして消費されるまでの間、どれほどの資材・資金・労力が必要であり、どれほどのCO²が排出されるのかを比較する指標、「ウェル トゥ ホイール」です。
2018年7月24日に発表された「ポスト2020燃費基準」では、EVやPHEVなども石炭など化石燃料由来で発電された電気を使う場合、化石燃料の採掘・精製・輸送そして発電に要した燃費が上乗せされることになっています。そのため、EVやPHEV、あるいは燃料電池車であっても、ウェルトゥホイールの視点では効率の良いガソリン車・ディーゼル車・HVと変わらないレベルか、場合によって不利になる可能性もあるのです。
CO²排出に関わる従来型の視点「タンク トゥ ホイール」との相違点
従来、消費者は燃費性能を比較するために、「一定量の化石燃料燃料でどれだけの仕事をこなせるか」という物差しで測っていました。自動車の場合、それを「km/L」で表されることが多く、新車売り上げ実績を左右するセールスポイントの1つになっています。この一般的に使用している従来型の燃費比較指標を「タンク トゥ ホイール」と言い、自動車で言えばEV・ディーゼル・HV・燃料電池車の順に、1km当たりのエネルギー投入量が少ない、つまり燃料効率が良いと考えられてきたのです。
たしかに、タンク トゥ ホイールの視点だけで言うと、HV・EV・燃料電池車を普及すれば、健康や環境に有害なCO²やCO、HC・PMなどの温室効果ガスや大気汚染物質を大幅に削減することが可能と考えられます。
たとえばPHEVの場合、必要な電気を家庭用電源や全国に設置された充電施設から充電しますが、その電気の多くは日本の場合、化石燃料の熱エネルギーを変換して作られたものです。火力発電所で作られた電気は自動車の蓄電池に到達するまで、送電インフラを経由している間にかなりの量を喪失するうえ、必要な送電インフラを整備する過程でつぎ込まれる資源・労力は膨大なため、必ずしも、CO²削減につながるかどうかは疑問が残ります。
燃料電池車の場合も、エネルギー源となる水素を(現時点では主に天然ガスから産出)を補給ステーションまで運搬する際に高圧タンクを備えた車両が必要なため輸送費がかさむため、補給基地の整備コストまで鑑みると、こちらも効率的とは言いがたいでしょう。つまり、ウェル トゥ ホイールの視点で言えば、すでに燃料供給インフラが整っている従来のガソリン車と比較し、PHEVや燃料電池車の方がエネルギー効率に優れCO²削減に効果を発揮する、とは一概に言い切れないのです。
電気自動車と「ウェル トゥ ホイール」
供給インフラの整備に課題があるとはいえ、ウェル トゥ ホイールの視点で考えれば電気自動車はCO²を排出しない、真の意味での「ゼロエミッション車」になります。自動車のゼロエミッション化が課題である先進諸国は多額の資金投入を始めているため、近い将来、いつでもどこでも利用できる電気供給体制が完成するでしょう。となれば、むしろ問題は使用する電気の発電方法にあると考えられます。
なぜなら、世界におけるおもな電力源はいまだ化石燃料を用いた火力発電であり、太陽光・水力・風力・バイオマスなどの再生エネルギーによって発電量が増加しているとはいえ、2015年時点では全体の約23%程度。火力発電は、天然ガス・石炭・石油などの化石燃料を燃焼させる必要があるため、膨大な量のCO²が排出されますし、その埋蔵量には限界があります。要するに、世界の主たる電力源が再生可能エネルギーへ転換されない限り、世の中の自動車がすべてEVになっても、CO²排出に歯止めがかかることはなく、しかも化石燃料は将来的に必ず枯渇するときがやってくるのです。
もし、この先「走る火力発電所」である従来の内燃自動車をEVに転換できれば、十分にCO²削減を進めることができるでしょう。国や巨大自動車メーカーがゼロエミッション車を推奨するのなら、従来型のタンク トゥ ホイールではなく、ウェル トゥ ホイールの視点に立った商品開発を進めるべきかもしれません。
「ウェル トゥ ホイール」を突き詰める企業の事例
自動車というモノの中だけで完結するのではではなく、取り巻く経済活動全体に目を向けてエネルギー効率を見直すべきだ、というのがウェルトゥホイールの考え方と述べました。自動車業界においては、具体的にどのような取り組みが始まっているのでしょうか。
マツダが進める「ウェル トゥ ホイール」の取り組み
クリーンディーゼル車の世界進出など、CO²削減を始めとする環境問題解決に積極的なマツダは、2030年を見据えた技術開発の長期ビジョン、「サステイナブル“Zoom-Zoom”宣言2030」を2017年8月8日に発表しています。同社はこの中で、従来から唱えてきた「走る歓び」と「優れた環境・安全性能」の両立に加え、企業平均CO2排出量を2050年までに2010年比90%削減、2030年までに50%削減を目標として掲げています。
そのために、実用環境下における燃費改善とエミッションのクリーン化の効果を最大化することを方針とし、次の3点に注力しながら地球・社会・人それぞれの領域に即した技術革新・普及を進めていく方針です。
- CO²削減効果のある内燃機関の理想追求と効率的なEV技術を組み合わせ導入。
- クリーン発電地域や大気汚染抑制規制がある地域に対するEV技術の積極展開。
- 自動運転コンセプト「Mazda Co-Pilot Concept」を2025年までに標準装備化。
ガソリンと空気の混合気をピストンの圧縮によって自己着火させる、マツダ独自の革新技術で生み出した次世代エンジン「SKYACTIV-X」の搭載もその1つで、自動車としての燃費効率向上を軸に、車が人と共存して豊かにカーライフを過ごす社会を目指しています。
自動車の運用台数減少・効率化も有効な手段になる
ゼロエミッション化を真の意味で進めるためには、自動車の製造過程にも目を向けるべきですが、素材の見直しや軽量化で幾分改善可能なものの、製造過程で発生するCO²をゼロにすることは不可能です。しかし、公共交通機関やカーシェアリングなどを積極的に活用して自動車の共有化を進めていけば、運用台数を減らし、結果として走行に伴うCO²排出は抑制されていくかもしれません。
さらに、運用台数が減少すれば自動車保有に伴う維持費を節約できますし、悲惨な交通事故の撲滅にも寄与します。だからこそ、各国の自動車メーカーは、こぞって自動運転技術進化とそれに欠かせない電気自動車の生産・普及に力を注いでいるのです。また、社用車を運用している企業での採用が進む車両管理システムは、離れた場所で自動車やドライバーの動態を把握・管理できるため、運用台数を減らさずとも、適切なルート設定によって省エネを実現できます。
このように、知恵やツールをうまく活用すれば、企業単位でもゼロエミッション化に寄与することが可能ですし、業務効率化による働き方改革の実現や、自動車に関わる維持費などを節約することができるのです。
まとめ
そもそも人間は酸素を吸ってCO²を吐くことで生きています。それゆえに、CO²排出を完全に0にすることは、いかに技術が進歩しようとも叶うことのない夢物語かもしれません。しかし、ウェル トゥ ホイールの視点で実現を目指していけば、他の大気汚染物質や排気ガスを大幅に削減できるのです。